開発

漬物をおいしくする魔法の手

はじめまして。

かもしみブランド市場開発の「ひのまお」です。

食べることも、作ることも、食べ物に関することなら何でも好きな、一児の母です。
食に関わる仕事に携わって、かれこれ20年。
私は、日々、かもしみブランドの新製品の開発に奮闘しています。

漬物の開発ならば、野菜の種類を変えてみたり、色々な漬け方を試してみたり、漬ける期間を工夫したり、かと思えば、ひたすら甘酒の飲み比べする日があったり、具を変えてお味噌汁を食べ比べたり。発酵食品と向き合う毎日です。
(つまり、年がら年中、作っては食べてます、ほぼ。)

生まれも育ちも伊那谷なので、漬物に囲まれた生活に全く違和感なく過ごしてきましたが、かもしみ蔵日誌でお話しさせていただくにあたって、色々と思い返してみました。

すると、「もしかすると私は、漬物をおいしくするために生まれてきたんじゃないか? 私の手は、魔法の手なんじゃないか?」と思えなくもない思い出にぶち当たりました。
ま、さすがに「魔法の手」は大げさですが、漬物・発酵食品との縁を感じる思い出です。

ご存じの通り・ご想像の通り、伊那谷は田舎です。
物心がついたころには、夏には梅漬け、冬には干し大根の漬物、源助かぶ菜のきり漬けと長漬けを漬ける母の姿が当たり前でした。
が、なぜか、手伝いをした記憶があまりありません。(ホントにしてなかったのかも?)

でも、実家から少し離れたところで暮らしていた祖母の手伝いで、梅漬けに入れる赤紫蘇の塩もみをしたことはよく覚えています。

梅漬け、と言うと紀州の梅干しのような大きくてやわらかい梅干を想像される方が多いと思いますが、ここ伊那谷では「竜峡小梅(りゅうきょうこうめ)」という直径7~8ミリの小梅の生産が盛んで、カリカリの梅漬けにする家庭が多いです。

この竜峡小梅、祖母の家でも出荷するほど栽培していたので、子どもの頃は毎年、親戚総出で梅の収穫をしたものでした。

いつのころの記憶か、定かではないのですが、たぶん、小学校低学年の頃のことだと思います。

梅漬けの赤い色を出すために、赤紫蘇を塩もみしてぎゅっと絞るのですが、その手伝いをしていた時のこと。

祖母に、
「ひのまおはきれいな色が出るなぁ。」
と褒められたのです。
祖母が言うには、赤紫蘇は、もむ人の手によって赤は赤でも色が違ってくるということでした。
「きれいな色が出る」と言われたのが、うれしくて、今でもその時の祖母とのやりとりが思い出となっています。
たぶん、私が漬物の手伝いをした初めての記憶でしょうか。

それから時が過ぎ、今、私は、私と祖母の故郷、伊那谷で、漬物を作る仕事をしています。

それはもしかすると、祖母に褒められたひとことのせいなのかも知れませんよね。
運命と言うほど大げさなものではありませんが、なんか縁のようなものを感じます。

(私の手は、魔法の手、漬物を色よくおいしく漬けあげる魔法の手、かもしれない)
とちょっとだけ信じながら・祈りながら、かもしみの仕事に精を出しています。

ところで、今の私の手でも赤紫蘇のきれいな色が出るかどうか、実は試せていません。
なので、いつか、かもしみで沁みるおいしさの伊那谷の梅漬けに挑戦して、このかもしみ蔵日誌でお伝えしようと思います。

では、また次回に。

最後までおつきあいいただき、ありがとうございました。

ひのまお

前の記事

一覧に戻る

次の記事

コメントはこちらから

メールアドレスは公開されませんのでご安心ください。また、* が付いている欄は必須項目となります。

内容に問題なければ、下記の「コメントを送信する」ボタンを押してください。

最近の記事

  • facebook
  • instagram
  • blog